医療

2007年3月 9日 (金)

盲嗅

私は、においと言うものを嗅ぎとった事が無い。

鼻が詰まっているとか、そう言う事じゃ無くて
先天的なものだ。

耳とか目とかは、すぐにその事が分かるんだろうが、
においは目に見えないものなので、

においを嗅ぐ機能が働いていない

と認識したのは中学生の頃か。


よく小説とかに

○×のにおいを嗅ぐとあのころの事を思い出す とか
においは記憶を呼び覚ます

とか言う。

食べる時も、味だけじゃ無くて香りを楽しんだりする。

そう言う意味じゃ、自分は損だな〜と思う。

生活に支障はないけど、やっぱり香りを嗅げた方が
感性が豊かになったりするんだろうか。
香りがないと、他の人の半分くらいしか感動がないのだろうか。

自分はデザイナーなので、
もしかするとそういう感性と言う部分では大事な事なのかも知れない。

端から見たら分からないけど、
実は私は立派な障害者だったりするのか!?

視力検査とか聴力検査とかはあるけど、
嗅覚検査ってのは存在しない。

もし、存在したら検査結果次第では
何か国から援助を受けられるかも…。

においを嗅ぐという機能は
今の医療技術じゃ復活させられないのだろうか。
全盲の人の目を見えるようにするくらい難しいのだろうか。

うーん、においってものを感じてみたくなった。


…何故急にこんな事を言いはじめたかと言うと、
某大手コーヒーショップの社長の本を読んでいて、しきりに

「香り」

って言葉が出てきたからだ。

自分もコーヒーは飲む。
昔は飲めればいいと思っていたが、
最近は少し高いコーヒーも飲むようになったが、
私がこれらのコーヒーを味わうのは味覚からのみだ。

嗅覚と味覚の二つで味わうコーヒーはどんなものか。

まぁ、そのおかげで煙草を吸わなくてすんだのかも知れない。
においが分からなけりゃ、本当にただ煙を吸ってるだけだし。


不思議なのは、皆に

においがしない

と言っているのに、

このにおい嗅いでみて

とかしょっちゅう言われることだ。ちと悲しくなる。
いちいち説明するのが面倒なので

ああ、そうだね。良いにおいだね これ臭いよね

とかいって適当に流す事にしている。

私は嗅覚以外はいたって健康体だが、
ちょっと風邪を引いたり、体調を崩すと
健康の有り難さを感じずにはいられない。

五体満足でいられる事の有り難さったらない。


また行き着く所は徳永英明になるのだが、
彼も沢山、病を経験してきた。

もうダメかも

と思った事も何度もあろう。
だが彼は今、元気になりまたかつての輝きを取り戻し、
音楽シーンに返ってきた。

きっと、体の健康に感謝しているだろう。

(…彼に付いていろいろうんちくを垂れたくなってきたが、
書くとこの記事の主旨からずれるので、やめます。
無理矢理徳永と自分をリンクさせた事をお詫びします。笑)

自分も健康でいられる事に感謝している。
水を飲んだり、食事したり、屋根の下でふとんで寝られる事に感謝している。

書いているうちに思ったのだが、
嗅覚の不機能に自分は今みじめな気持ちに浸っていたが、
もしかすると、

嗅覚だけで済んで良かった

と感謝する気持ちも必要なのかも知れない。

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2007年2月25日 (日)

医者としてのモラル

すべては一杯のコーヒーから すべては一杯のコーヒーから

著者:松田 公太
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

と言う本を読んでいる。

大手コーヒーショップチェーン店

タリーズコーヒー

の社長松田公太氏による自伝的小説。
また、同氏がいかにしてたった一人でこのコーヒーショップを
ここまで成長させてきたかが細かに書いてある。

将来、経営者を目指している人にはおすすめだろう。


今日、書きたかったのはコーヒーの事でもなく、
経営についての事でもない。

筆者が経験した、病院から受けた対応だ。

筆者は、母親と、弟さんを共に病気で亡くしている。
そのときの病院の対応がこの本にも書いてあるが、とにかく酷いのだ。

弟さんが病気でなくなった際、
彼は体の以上を訴えて、病院を診察を受けるが、どこも

「風邪」

と言う診断だった。
しかし、大分時間が経ってから心臓の病気である事が分かった。

しかし、そのときは既に時間が経ちすぎていた。
アメリカでしか行えない移植手術を施せば、治ったかもしれないが、
その費用も時間もなく、弟さんは天に召された。

このときの弟さんの状況は詳しくは書いていないが
ちょっと読んだだけでも心が痛んだ。

彼は薬を投与され、病室には毎日のように新人研修と題して
数名の新人医師たちが出入りしていたそうだ。
苦しいのに、そんなことされたら本当に辛いだろう。


そして、その後のお母さんの方は更に酷い。

お母さんは、かなりひどい肺ガンになってしまった。
しかし、案の定ずさんな病院の診察の結果は
風邪だの、結核だのだ。
中には、

「もし間違っていたら私の医師免許を返上してもいい」

とかふざけた事を抜かしている奴もいた。

そして、肺ガンと分かり入院していた際のことだ。
家族は、お母さんにはガンでも末期と言う事は伝えていなかった。

彼女は弟の件もあってか、抗生物質の投与を拒んだ。
そして、手渡された薬に対して、その都度その薬の説明を求めた。

それが、担当医を苛立たせたのか彼は言ってはいけない事をいってしまった。

「あなたの肺はもう真っ白で、これを飲まなきゃ死んでしまうんですよ」

しかも、それを吐き捨てるかのように言ったそうだ。

何とか復帰を…と願い闘病してきたお母さんは、
次の日に亡くなった。

私はこれを読んだとき、本当に心が痛み、いたたまれない気持ちになった。


…私の母親も過去に何度も医者に対して同じような対応を受けた。

薬の副作用が酷いので、何とかならないかと相談を持ちかけたが、

「それを一生飲み続けなければ死ぬ」

と言われ、

「何故私の言う事が聞けないのか」

と病気で衰弱しきった母を怒鳴りつけた。
これが本当に人の命を救う職業に付く人間の言葉だろうか。

医者は、もっと自分の居る立場を考えて発言すべきだ。

彼らは患者を人間とは思わず、ただの医学の実験材料か、肉の塊くらいにしか思っていないのか。

正直、自分は健康体でいるので病院にお世話になることもあまりないが、
もし、母親と同じ状況だったら自分は耐えられただろうか。

母が辛そうにして、その事を聞かされても
自分は何もアドバイスもやってあげられなかったのが
今でも辛い。

母は、今は健康にやっている。
病と上手く付き合いながら。

ちなみに、その病院は

都内M市の

N病院と
K病院だ。

※下記に医者に関する投票ページを作成してみた。

http://blogs.yahoo.co.jp/konyagaa_yamadaa

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